それは、心からのキス
「っ、美空……っ」


 驚く弘人が目を開き、視線が交わされる。近すぎて表情はわからなかったけれど、弘人の瞳、その黒い部分はしきりに動いていた。

 やめてほしいのかもしれない。けれど、私はほとんどのときを触れ合ったまま言葉を続ける。


「弘人だけなの。こんなこと、弘人としか幸せじゃなくて、弘人にしか苦しくならなかった」


 他の男の影をちらつかせながらの告白なんて、私はなんて最低なのだろう。でも試してみたかった。弘人以外と幸せになれるかもしれない可能性も。


「だから、もう、心からのものじゃなければ、二度と私とこんなことはしないで」


 最後の、キスとしか言えないものに、私は酔いしれた。




「……ごめん」


 ようやく私から解かれた弘人が呟く。頭を下げているのだから、声だけだと泣いているようにも感じて、寄り添っていたくなる。


「謝らないでよ」


「……美空を、ずっと放したくないって思ってた。……本当は、最初から、あれは俺にとってキスでしかなかった」


「じゃあ、なんで」


「初めてキスしたとき、美空があんまりにも困った顔してたから。生クリームがついてたよって言ったら、あからさまに安心されて……。……なかったことにしてしまえば、目の前から消えてしまうことだけはなくなるかと。もう、それだけでもいいって。でも……」


「でも、なんで、ずっと?」


「とめられなかった。美空が欲しかった。キスじゃないものだって、俺にとってのキスを続けた。でもいつも、明確な言葉にしたいと思ってた。……いっそのこと、こんな卑怯な俺を美空から見限ってくれれば、諦められるかもしれないとも思いながら」


 同じだといいと思っていた。同じであればいいと願っていた。


 曖昧なほうを好む人たちだって多い。言葉にし、名前をつけないだけでしていることは同じなのに。

 いつでも逃げ出してしまえるほうがきっと楽で。そういう気持ちを否定できないくらい、私たちもどこかで望んでもいた。


 けれど、


「私は弘人が好きです」


「俺も、美空がずっと好きだった」


 心からのキスを、ふたりで選んだ。




――END――
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