信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
彼のスキャンダルが世間を賑わす度に、秘書の江本郁子から
『誤解です。捏造です。』
『樹さんの奥様は彩夏さんだけです。』
と、直ぐに連絡が入った。
信じたいとは思ったが、信じるに値する物は
樹から何一つ受け取っていない。言葉でも、物でも…。
想いの込められた物は何も無かった。
お互いの結婚指輪だって、きっと江本あたりが準備したのだろう。
もう少し大人になると、だんだん理解できるようになった。
これが『契約結婚』という物なのかと。
遠く北海道に住む彩夏にとって、樹は別世界の住人だった。
彼が誰と付き合おうが、何処に出掛けようが、自分には関係ないと決めつけた。
彼は、私を必要としていない。
彼のお祖父様が、牧場を手に入れたかっただけだ。私はオマケ。
婚姻届けを書いてから数年は、確かに自分も甘かった。
物語の王子様のように、いつかこの牧場に迎えに来てくれるかも知れないと…。
…期待しないではいられなかった。
彼のお祖父様はとても優しかったから、樹さんも私を大事にしてくれるはず。
そう思い続けようとしたのだが…
高畑のお祖父様が亡くなって何年過ぎても、彼は迎えに来なかった。
会社のゴタゴタや災害が続けば、確かに忙しかっただろう。
だが、彼に誠意があれば何か違ったのではないかと思う
やがて、秘書の江本も、『樹は忙しい』を繰り返すだけになった。
自然と、彩夏の中で樹の占める割合は小さくなっていった。
彼女にとって彼の存在は『無かった事』になってしまったのだ。
10年とは、それだけ重い月日だった。