信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
今日の話は無理そうだと、樹は部屋に戻りチェックアウトしようかと考えた。
ふと、茶封筒の中を見ると『離婚届』が入っていた。
『どういうことだ』
樹の言う将来の事と、彼女が考えていた事は180度違っていた。
不器用ながら、樹は彩夏とやり直す道を探そうとしていたのだが、
彼女は別れる道を選ぼうとしていた。
『俺をこんな無彩色の世界に置き去りにするのか』
彼の心の奥深くにある、辛い記憶。
それが再び呼び起こされようとしている。
母が自分を祖父の元に置いて、弟の祥の手だけ握って出て行った日の記憶。
記憶の扉は厳重に閉じていた筈だが、時折開いては彼を苦しめる。
彼の父親は、祖父のビジネスマンとしての才能を受け継がなかったようだ。
次々と新事業に手を出しては失敗し、その度に荒れて母に当たり散らしていた。
女遊びも激しかったのだろう。中には家に押しかけてくる非常識な女もいた。
幼かった樹は、ただ茫然とその様子を見詰める事しか出来なかったが、
『あんな男にはなりたくない』
とだけは、心に誓っていた。
生活に疲れボロボロになった母は、離婚して家を出て行った。
『僕も連れてって!』
そう叫んだ記憶はある。だが、母は振り返りもせず行ってしまった。
『またか…』