信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
葬儀が終わってからは怒涛の日々だった。
決められたいた社長の座に就任したものの、若造だと侮られ、若手を贔屓すると
文句を言われ、あの頃は江本のような数人のブレーンに支えられて必死だった。
それから、あの震災だ。
やっと落ち着いてきたのが今年に入ってだろうか。
こんな風に北海道を訪ねる時間も取れるし、将来を考える余裕も出来た。
樹は器用な男ではない。仕事中はその事しか考えられないし、
社交的ではないから、交際範囲は狭い。
まして、付き合いで参加するパーティーなどは苦手の最たるものだ。
上手く相手を喜ばせる言葉を探せないから
付き合いに必要以上に気を遣って疲れ果ててしまうのだ。
寡黙で誠実という言葉に変換されているが、本人にとっては切実な問題だ。
取引先との会食には、時々タレントやら取引先の娘やらが同席した。
決まって週刊誌のネタにされ、面倒な事に樹は女にモテる事にされてしまった。
実際は話題一つ提供できないというのに…。
彩夏という妻がいる設定は、樹にとって防波堤になってくれた。
煩く言い寄る女にも左手の薬指をみせればいいし、
結婚相手を紹介しようとする取引先も避けられた。
彼は目の前の障害物を一つ一つ確実に片付けていくタイプだ。
ゴールまでの近道を探す要領の良い人間ではない。
彼としては、漸く会社関係の全てが落ち着いて、
やっと、妻とのこれからを考える余裕が生まれたところだ。
彩夏とゆっくりやり直していけたら…。
ただ一つの誤算は…それが、彼の頭の中にある設計図で
彩夏と共有していないという事だけだった。