信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
「別れて欲しいの。」
遠くから、彩夏の声が聞こえた気がした。
「え?」
「お互い、別れて新しい人生を考えた方がいいと思うの。」
「新しい…人生?」
「そうよ。私ももう30近い。出産にはリミットがあるわ。」
「君は、子供の為に俺と離婚したいのか?」
「家族が…欲しいのよ。」
いきなり、樹が立ち上がり、彩夏の目の前まで歩いて来た。
「子供なら、俺と作ればいいだろう。」
「え?」
この前と同じだ、樹は突然彩夏を抱きしめてキスしてきた。
力強く抱きしめられたら、逃れるすべはない。
「待って…。」
「待たない。」
幾度か攻防戦があったが、樹の愛撫は彩夏には神経をマヒさせる毒だった。
『こんなの知らない…。』
嵐のような男だ。いきなり訪ねてきて、いきなりキスをしてきて
そして、いきなり…初夜を迎えてしまった。
別れる事を決めたはずだったのに、逆らえない自分に苛立った。
自分はこうなるのを待っていたのだろうか?
10代の頃は、ただ王子様に迎えに来て欲しいと漠然と思っていたが、
この年齢なると解る事もある。
私は樹に抱かれたかったのかも知れない。
雑誌で彼の女性関係を知ったり、ホテルで女性といるところに遭遇したり…
その女達が、自分の知らない樹を知っていると思うと遣り切れなかったのだ。
妻という名だけの自分より、実態を持つ樹に触れている数多の女達。
そんな思考も、直ぐに消え去った。
心も身体もあっという間に樹に翻弄され、余計な事は考えられなくなった。
疲れていた彩夏は、やがて樹を受け入れたまま意識を失っていた。