信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
高畑コーポレーションの社長室には、一人の女性とロイド眼鏡の若い男性の姿があった。
黒のソファーに並んで座っている。その間にある微妙な距離が、二人の緊張感を表していた。
樹は無言でデスクに向かって座っている。
応接セットからは、わざと少し距離を取っているのだ。
江本が香りのよいコーヒーを運んできた。
女性、それから若い男性の順にソーサーを置いた。
「ありがとう、江本さん。」
「いえ、お口に会いますかどうか…。」
「前から、あなたの入れるコーヒーは美味しかったもの。嬉しいわ。」
女性は、華やかなブラウスに長めのプリーツスカートを着こなしていた。
ヒールの高いサンダルだけを見れば30代とも思えるが、
豪華なネックレスだけでは隠せない皺が首元に見られる。
「ごゆっくりなさって下さいませ。」
深く頭を下げて、江本は社長室を出て行った。
ドアが閉まると、女性が樹に声を掛けた。
「お久しぶりね、樹さん。」
「母さん、突然会社に来るなんて何考えてるんです。」
「ご挨拶ね、久し振りに日本へ帰ってきたというのに…。」
その女性は、離婚して高畑家から去った樹の母、るい子だった。
「この前会ったのは、俺がアメリカに留学していた頃…
確か、再婚されたんでしたね。」
「ええ。彼も祥を気に入ってくれたから。」
『気に入る』という言葉で、隣に座っていた祥の肩が揺れた。
樹より少し小柄だがよく似た顔立ちの祥は、5歳年下の弟だ。
樹の父親寛一と母のるい子が別れた時、樹は8歳、祥はまだ3歳だった。
留学時代は二人と何回か会ったが、彼が社長に就任してからは連絡を絶っていた。
というのも、るい子の再婚相手が高畑コーポレーションとは因縁のある
米国資本の会社のCEOだったのだ。