信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
ふれあい

兄弟


 怒涛の6月だった。
5月の下旬に、るい子達からの爆弾発言を受けてから事情を知る数人だけで社外を周り、
株式公開買い付けに乗らない様頭を下げた。
結局、不成立になるまで緊張の連続だった。
樹は株主総会が終わるまでは気が抜けない毎日を送ったのだ。

 その間に、るい子は軽井沢だか蓼科だかの別荘をキャッシュで購入し、
優雅に隠遁生活を始めたらしい。
祥は陰ながら、石川卓也と協力して情報収集と分析に当たってくれた。

 株主総会を無事乗り切った樹は、日比谷駅から少し歩いた所にある
目立たない静かな店に祥を呼び出した。
バーで兄弟二人だけの祝杯を上げようと思ったのだ。


「お疲れ、祥。」
「兄さんこそ、お疲れ様でした。」
カウンターに並んで座り、グラスを傾けた。

「初めてだな、ゆっくり飲むの。」
「ええ、アメリカで兄さんと会った時、僕はまだ21になってなかったから
 飲めませんでしたからね。」

「結局、母さんの実家の姓を名乗るんだな。」
「はい。佐々木祥(ささきしょう)になります。」

「お前も、親の人生に振り回されたのか…。」
親の離婚で別れた兄弟だ。ゆっくり家族らしい話しをするのは久しぶりだ。

「お父さんは、今どうしているんですか?」
「何も聞いてないか。」
「はい。僕は幼すぎて情報は何も入ってきませんでしたから。」

ゆっくりと水割りを飲みながら、樹は父のあれからを伝えた。

「あの人は、離婚した後アルコール依存症の治療を受けて、
 すっかり大人しくなっちゃったよ。酒が人生を狂わせたんだな…。
 今は高畑の傘下にある会社の、保養所の管理人…とは名ばかり。
 リゾート地で若い愛人とゴルフ三昧の暮らしだよ。」

 父の存在は祥の中ではすでに過去のものだったが、消息だけは知っておきたかった。 
『生きて元気にしていればそれでいい。』

3歳で父と別れた祥にはそれ以上の感慨は無かった。




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