信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
「よくお祖父様が許しましたね。」
「大人しく遊んでてくれた方が、会社の損失が小さいからな。
それより、母さんはどうしてまた離婚なんか…。」
「それこそ、アメリカですからね。トロフィーワイフの国ですから。」
少し言いにくそうに祥が話した。
「あの人も、お父さんでお金の苦労に懲りたんでしょう。
CEOの贅沢な暮らしに飛びついたんでしょうが…
夫が出世したら、妻の座はチェンジです。
ようやくお金じゃ幸せになれないって気が付いたんじゃないかな。」
「そうか…。」
「あの…兄さん、かなりお疲れじゃありませんか?
顔色、良くないしチョッと痩せたでしょ。」
江本にも言われたが、流石に顔にまで疲労の色が出ているらしい。
樹にとっても、この所の忙しさは経験した事の無いものだった。
「この所、休みが無かったからな…。」
祥は、意外に細かいところまで気が付くようだ。
弟の気遣いが嬉しかった。
「兄さんは結婚してるんでしょ、奥さんに健康管理してもらわなきゃ。」
「…その件は、事情があるから、いずれゆっくり話すよ。
それより、お前には会社の流通コスト削減の為にソフトの開発を頼みたい。
いずれ、システムエンジニアを目指すんだろう。」
「ありがとうございます。精一杯させていただきます。」
祥は得意分野の依頼を受けて、嬉しそうだった。
「その完成時期に、社内の機構改革を行って
お前に相応しいポストを用意するつもりだ。その心構えでいて欲しい。」
「わかりました。今後ともよろしくお願いします。」
「じゃ、俺はお先に帰らせてもらう。良かったら、祥はもう少し飲んでいくといい。」
「そうさせてもらおうかな。兄さんの驕りで。」
少し照れたように、祥は甘えた声を出した。
漸く、兄弟らしい会話が出来る様になった気がした。
二人は自然に握手した。
「あれ?兄さん、手が熱い。熱っぽいんじゃない?」
「そうか?普段、熱なんか計った事無いからな…。」
そう言いながらスツールから立ち上がった樹は突然目の前がうす暗くなるのを感じた。
祥の声が潮騒のようにノズルと共に遠くなっていく。
『ああ…これが死ぬ瞬間なのかな』
自分でもバカなことを思っている自覚はあったが、それぐらいの衝撃だ。
経験した事のない不快感。
コマ送りのように意識を失っていく自分が解るのだ。
そして、プツンと意識が途切れた。
樹はそのままスツールの横に頽れた。