信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
「長谷川様」
その声の主は、丁度彩夏の後方から近付いてきたようだ。
彩夏の真横に立つと、親し気に綾音に声を掛けてきた。
「まあま、お珍しい、高畑さんじゃありませんか。」
「お久しぶりです。お変わりございませんか?」
気さくに話しかける男性の名前を聞いて、彩夏は横目でその人の顔を見た。
『…高畑樹…』
雑誌やテレビで見た事のある、高畑樹の顔が直ぐ真横にある。
彩夏は焦ったが、ここで名乗る訳にはいかない。
「では、私はこれで…。」
彩夏がその場を離れようとした時、今度は甲高い女の声がした。
「いつきさ~ん。」
甘ったるい声で名前を呼びながら、派手なドレスの女性が樹の腕に身体ごと抱きついて来た。
どこかで見た様な顔だ。女優かタレントだろう。
「待ちくたびれたわ~。早くお部屋に行きましょう。」
「……高畑さん、こちら、奥様でしたかしら…。」
潔癖症の綾音が冷たい声で樹に話しかけた。
「いえ…。」
一瞬緊張が走ったが、彩夏はとにかくその場を去りたかった。
「では、綾音さん、失礼いたします。」
不自然にならない様に注意して、急いでそこから離れた。
まさか、戸籍の上の夫がホテルに女連れで来るとは、
流石に夫との関係を割り切っていた彩夏もあきれ果てていた。
これまでも、樹の名前は何度もマスコミに取り上げられていた。
経済紙なら良い意味でのニュースだが、女性週刊誌では、
何とかというタレントやら女優やらとのスキャンダル記事だった。
『これが真実の姿なのね、高畑樹』
もう、遠慮はいらない。
一年前に、この結婚を強く望んでいた祖父も亡くなった。
今こそ、離婚すべき時だ。
これまでの年月、どうしてこんな男の為に無駄に過ごしてしまったのだろう。
私の20代の時間は帰って来ないのだから…