信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
「あ、江本さん、お疲れ様です。」
高畑コーポレーションを辞めた江本郁子は、今、綾音の個人秘書をしていた。
綾音は夫の仕事の関係だけでなく、ボランティアや動物愛護協会等を
積極的に手伝っており、目が回りそうな忙しさだ。
その為、独りの判断ではスケジュールの調整が出来なくなっていた。
2年前、彩夏の離婚話を進めた時に江本と知り合い、
その優秀さを認めて、北海道の自分の元にスカウトした経緯がある。
会社を辞めて綾音の元に来た時、初めて彩夏の妊娠を知った江本は、
泣いて泣いて大変だった。
『もし知っていたら、離婚を樹さんに勧めたりしなかった』
と、ふっくらした彩夏のお腹を見ては泣いて自分を責めた。
彩夏は、2年前の江本との会話はよく覚えている。
彼女に話しながらも、彩夏は自分に言いきかせていたのだ。
『どうして…妊娠を黙っていたんですか?』
『子供を授かった事はとても幸せです。嬉しくて嬉しくて…。
でも、樹さんには仕事が全て。仕事しか、彼の頭の中には無かったわ…
子供が出来たからって私との結婚に縛り付けてお互い幸せかしら?』
『樹さんは、過去のトラウマで…不器用な方なんです。』
そうだ。母親に捨てられたと思った彼は人間関係を築くのが苦手だった。
『それは、分かっています。真面目で融通が利かない人だって。』
『だったら、何故…。』
『…私たちは言われるがままに婚姻届けにサインしました。
それから10年間、お互い結婚に真剣に向き合おうともしなかった。
江本さんは何とかしようと努力して下さったけど、
彼が身体を壊すまで、ゆっくり話した事さえ無かったわ。』