信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
『噂が本当かどうかなんて、どうでもいいの。
江本さんが私たちを結び付けようとしてくれたのはありがたかったわ。
でもね、忙しい事だけを理由にする彼を信じられなかった。
ひと言、嘘だって彼の口から言って欲しかった…。
二人の事を真剣に考えたら、時間が無くても何か出来たはず。
勿論、悪いのは彼だけじゃないわ。私も同罪です。
…彼に将来どうしたいのかキチンと聞いていれば…
最初から、もっと話し合うべきだったって、何度も後悔したわ。』
膨らみ始めたお腹を撫でながら、彩夏は涙を流していた。
『今は、もういいの。この子さえいれば何もいらない。
この子は、私だけの宝物。私の命。
先の見えない結婚を続ける意義は私にはもうないわ。』
江本はそれきり何も言わなかった。
彩夏の行動をバカな事だと責めたりもしなかった。
色々思うところはあっただろうが、長谷川綾音や久保田真由美と一緒になって、
彩夏の出産から今日までのサポートをしてくれたのだ。
彩夏は駆を出産した後、一度森下牧場に帰った。
久保田家の皆は大喜びで彩夏と駆を迎えてくれた。
美咲は小さな赤ちゃんの登場に興奮し、自分も弟が欲しいと両親を困らせていた。
浩介や真由美はまるで孫の様に駆を代わる代わる抱き上げて可愛がってくれた。
5歳で両親を亡くした彩夏には、父や母の記憶は朧気だ。
その代わりに、今は久保田夫妻や長谷川や江本が愛情を注いでくれる。
この環境で駆を育てられるのは、本当にありがたかった。
妊娠がわかった頃、病院のベッドで天涯孤独だと感じた悲壮感は、
嘘のように消えていた。今の彩夏には欠片もない。
逆に、周囲の人達からの小さな気配りや思いやりを感じることが出来るようになった。
その腕に駆を抱いていると、皆から愛されている事が実感できるのだ。
駆が、母となった彩夏に幸せをもたらしてくれた。
そして、母子で強く生きるように後押ししてくれているのかも知れない。