信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

　彩夏は感情的になるのを恐れ、ロビーから離れた。正面のドアを出たら、
丁度タイミング良く金子俊一のセダンがホテルの玄関に着いたところだった。

「お待たせ、さやちゃん。」

助手席側の窓を開けて、俊一が声を掛けてくれた。

「わざわざありがとう。お世話になります。」

車に乗り込んだ彩夏の顔色を見て、俊一は驚いた。

「あれ、少し飲むって言ってたけど、飲み過ぎた？
　顔色良くないよ。」

俊一は優しい。それに良く気が付く。
幼い頃から本当の兄の様に彩夏を気に掛けてくれる。
その上、あの(・・)事情を知っている数少ない知人と言えるだろう。


「驚いちゃって…。」
「学会で何かあったの？」

俊一にはありのままを伝えても大丈夫だろう。

「高畑樹に会った。」
「えええ！まさか！」


「そのまさかなの。」
「何年ぶりだい？」

「あれは…高畑のお祖父さまが倒れて入院した時…
　婚姻届け書いた時だから、10年チョッとぶり？」
「おいおい…どうなってるんだ？会ってないとは聞いてたけど…そこまでとは…
　高畑さんと連絡くらい取ってたんだろ？」

「秘書の江本さんから、しょっちゅう連絡もらってるわ。
　とっても優しい方よ。」

「そうじゃなくて…。僕も正直気になってたんだ。
　でも、あまり夫婦の事を聞かない方がいいかと思って…。」

「いいのよ、俊くんにとって彼は懐かしい幼馴染だものね、話しにくいよ。」
「いや、何年も会ってないから…。ごめん、逆に気を遣ってくれてたんだね。」

「あのホテルに今夜泊まるみたい。女の人と。」
「はあ？」
「露出のスゴいドレス着て、高畑さんの腕にしがみ付いてた。
　早くお部屋にいきましょうって。」

「なんだそれ…。」

既婚者で子持ちの俊一だが、彩夏に掛ける言葉は見つからなかった。
その光景を想像すると、樹とその女がどんな関係か想像出来た。

「それでね…。」

「うん…。」
ひたすら前を見ながら俊一は運転に集中しようとした。

「私、離婚しようと思う…　いや、離婚するわ。」


運転に集中しなければ、集中、集中…　彼はひたすら念じていた。