ホラー短編集
声
あたしの喉の調子が悪くなったのは、1年ほど前からのことだった。


いつも通り綺麗な音を出そうと思ってもガラガラの、ひび割れた声しか出ない。


だけど、ご主人様はあたしの変化にいち早く気がついてくれた。


すぐに医者を家に呼び、あたしの体のどこが悪
いのか検査させた。


それからしばらくは調子が良かったのだが、数ヵ月後、またあたしの声は乱れていた。


あたしは自分の乱れた声がひどく恥ずかしく、ご主人様があたしに触れるたびに口を閉ざしてしまいたい感覚に襲われた。


しかし、普段からあたしの事をかいがいしく世話をするご主人様は、決して放ってはおかなかった。


あたしの体をきれいに拭き、すべすべになるようにローションをぬってくれる。


毎日あたしに触れて、優しく撫でるように指をはわせる。


時には医者のように、あたしの体の中を心配する。


けれど、あたしはもう駄目。


あたしの声はもうほとんど出なくなり、生きる意味を無くしつつある。


もう、寿命なの……。



「もう、直らないのか?」


男が、ピアノの調節師に訪ねる。


「そうですねぇ。もうずいぶん古いですから」


その言葉に、男は残念そうにピアノの鍵盤に指をはわせたのだった。
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