冷徹上司の、甘い秘密。
「歩、泣いてるぞ」
「ふふっ、そりゃあ赤ちゃんだもん。泣くでしょう」
「ど、どうしたらいいんだ?落としそうで怖い」
「ははっ!綾人さんがそんなに慌てることあるんだ?意外」
「生まれたての赤ん坊を抱っこするのなんて初めてなんだよ。誰だって慌てるだろ」
両親教室で学んだこともすっかり忘れてしまい、今にも壊れてしまいそうなこの子におろおろすることしかできない。
「それもそうね。……じゃあこっちにそーっと寝かせて」
「こ、こうか?」
歩だって初めてのはずなのに、それも出産で身体はボロボロのはずなのに。
すでにその顔は母親になっていて、隣で泣いている赤ちゃんの頰を指で軽く触っている。
「歩。頑張ったな」
「うん。……可愛い。女の子だって」
「あぁ。鼻が歩にそっくりだ」
「ふふっ、まだ気が早いって」
「名前も決めないとな」
「そうだね」
検査に向かった赤ん坊を見送り、歩は病室へ移る。
面会時間は遠に過ぎており、俺は後ろ髪を引かれる思いで病室を後にすることにした。
「歩」
「ん?」
「今日はゆっくり休め」
「うん」
「産んでくれて、本当にありがとう」
そっとキスをして、頭を撫でて。
「綾人さんも。ずっと一緒にいてくれてありがとう。心強かった」
歩からキスをされて。
今すぐキツく抱きしめたい感情をグッと堪えて、笑顔で手を振る。
――さぁ、明日から、もっと忙しい日々が始まる。
守るべき人が増えたことを喜ばしく、愛おしく思いながら。
「……名前は何がいいだろうか」
俺がそれから何枚も子どもの写真をデスクに置き、"親バカ"だと会社でも有名になってしまうのは、また別のお話。
番外編:愛おしい人が増えた日 End.