冷徹上司の、甘い秘密。
「ごめん。あんなんでも俺の母親なんだよ。育ててもらった恩もある。
だからどんな理由であれ、家族に祝ってもらえない結婚はどうしても……嫌なんだ」
「……はっ……」
……あれ、優って、こんなにも話通じない人だったっけ……?
自分本意なその姿勢に、頭の中がスッと冷える音がした。
もしそれが私と別れたいがための後付けの理由なのだとしたら、頭が悪いにも程がある。
もっとマシなことは言えなかったのかとか、例え今の話が本当なのだとしても、人生の大切な選択を母親の言いなりになってしまうなんて、とんだマザコン野郎だな、とか。
言いたいことは山のようにあったけれど。
しかし、優の表情を見れば、もう無理なのがわかる。
これ以上問い詰めたところで優の答えが変わるとも思えない。
「……わかった」
「……歩?」
薬指に嵌めてきた婚約指輪を抜き、鞄の中からケースを取り出して入れる。
それをそのまま優の目の前に差し出した。
虚な目でそれを見つめる優に、財布の中から一万円札を出して、それも置く。
「そっちの家にある私の私物は全部捨てておいて。こっちにある荷物は捨てる?送る?」
「え……」
「どっちでもいいなら捨てるね」
「ちょっと……」
「……今までありがとう」
「あ、歩っ!」
条件反射か、何故か私を引き留めようとする優の声を無視して、その場を後にした。
優は、後を追ってくる事は無かった。