ちゅ、
「三丁目の方に、俺の友達が働いてるゲイバーがあるんだけどさ」
「え、行きたい」
「本当に行く?」
「うん」
碧くんと少し歩いて着いたのはディープな新宿だった
3〜4階建ての狭い建物が建ち並ぶ細い通りに入って、そのうちの一つに碧くんが入る
三階まで階段を上って、左手の扉がお店だった
扉を開けると「いらっしゃ〜い」と独特な高さの声がする
「よ!久しぶり!」
碧くんが声をかけたのは二人いる従業員のうちのママっぽい方、 イチさん
「碧じゃん!久しぶり〜!え!女の子じゃん!」
「初めまして〜」
碧くんと奥の席に座って、一杯ずつドリンクを注文する
「どーもー」
私たちとは別でもう一人お客さんが来た
「ミツさーん、またきたのー?」
常連ぽいその人は私たちの席の近くに座った
「2人どういう関係?」
イチさんが触れない話題を、もう一人の従業員のゴウさんが聞く
「この子茜っていうんだけど、この前街コンで出会って、今日一緒に飲んでて、俺が終電逃したのに付き合ってもらってんの」
碧くんが律儀に説明をする
「へぇ、付き合ってんの?」
イチさんが突っ込んで聞く
「いや、まあ、俺は付き合いたいと思ってるし、もう茜しか考えられないけど、まだ、ね」
恥ずかしそうにそう言う碧くんを抱きしめたくなる
「えー、でも終電逃して一緒にいるっていうのは好きなんでしょ?」
「えへへ、すごい、素敵だとは思うんですけど、碧くんが完璧すぎて私が釣り合わないっていうか…」
「完璧?…碧が?完璧?」
イチさんはふざけてるのかとでも言いたげに繰り返す
「私からしたら完璧です」
そこでまた私の前の恋愛の話をしたら、ミツさんが
「あんたそんな若くて可愛いのに自分のことずいぶん低く見てんのね」
と言った
そんなつもりはなかったから、人からはそう見えるのかと驚いた
「自分の体大事にしなさい?」
イチさんが念を押すように言う
「前付き合った人がそんな感じだから、碧くんと付き合うのが怖いっていうのもあるし…」
私がそう言うと、イチさんが全力で否定した
「碧は絶対そんなことしないから大丈夫!絶対大丈夫!大学からの友達のあたしが言うんだから間違いない」
「ありがとう、イチ」
碧くんはしっかりとお礼を言う
「まあこんな感じの子だからあんま強くいく気もないし、真剣だからちゃんと伝えたいってだけだから」
「そんなんじゃ進展しないじゃん」
ミツさんが言う
「お似合いだと思うけどなぁ、付き合っちゃいなよ」
ゴウさんもそう言うから、私はうっかり「うん」と言いそうになる
「茜ちゃん的にはアリなの?」
ゴウさんがさらに押してくる
「アリっていうか本当に完璧で素敵で魅力ばっかりだけど、なんていうか、ここで付き合うって言うとあと3〜4時間何話せばいいかわからないっていうか、まだ…」
「まだってことは、可能性アリアリじゃん!碧さん、押せばいけるよ!」
私のだらだらした言い訳を直訳するゴウさんは本当に強い
「まあ俺もゆっくりでいいんで」
ここまできても押さない碧くんは本当に完璧すぎる
一旦付き合う話はあとにして、碧くんの大学の時の話になった
「碧、巨根だからさ、茜ちゃんが心配」
イチさんが冗談ぽく言う
「私も心配です、入らない気しかしない」
「性欲強いから付き合ったら大変よ、大学の時なんかね、彼女と毎日やりまくってたんだから」
「いや、大学の時はそりゃね、性欲のバケモノだったから」
「へぇー」
碧くんの元カノ、どんな人なの?
私みたいな人?違うタイプ?
私は何も面白くなくて、適当に相槌を打って嫉妬を前面に出した
「彼女どんな人だったの?」
「いや別に、普通の」
「へぇ、その話つまんな」
「ごめんごめん」
碧くんと私の幼稚なやりとりを見て、イチさんが茶化して笑う
当たり前だけど、碧くんにも元カノがいて
きっと碧くんはよくモテたんだと思う
私とは違って青春をちゃんと楽しんだ人だ
付き合った人数を聞けるほどの勇気はないけど、でも知りたい、でも知りたくない
知ったら嫉妬するし、知らなくても勝手に想像して嫉妬する
碧くんを誰にも取られたくない
今の碧くんも、過去の碧くんも、全部ほしい
結局、関係は曖昧なまま始発の時間までゲイバーで過ごし、外が完全に朝になったころにお店を出た
「今日はありがとね、いい報告待ってる」
イチさんがそう言って、見送ってくれた
朝の新宿を歩き出してすぐ、私は碧くんの手を握った
無性に触れたくなった
絶対に逃したくない
手を繋いで歩きながら、碧くんが口を開く
「さっきのことだけど、すぐじゃなくていいから良い方向で考えてくれたらと思う」
「うん」
私は次の言葉を繋ごうか一瞬躊躇う
「いいよ、付き合おう」
間を置いてそう言った
「本当?」
碧くんが立ち止まって聞き直す
「うん、付き合いたい」
「待って、ちゃんと言いたい」
碧くんは私の体を自分に向けて正面にする
「俺と付き合ってください」
「うん」
えへへ、と笑って碧くんに抱きつく
ずっとこうしたかった
碧くんの体の大きさは私を包み込んで幸せだった
今度こそ長く続きますように、そう願わずにはいられなかった