ちゅ、
翌朝、というより昼間、目が覚めてからぼーっとして、昨日のことを思い出す
思い出すのは碧くんばかり
私は面食いなはずなのに
昨日連絡先を交換した人たちから「昨日は楽しかった」のラインがどんどんくる
誰が誰だかわからない
碧くんとイケメンを残して一通りブロックする
機嫌よく過ごす日曜日
何度となく碧くんにラインを送ろうとしてはやめる
もしかしたら浮かれてるのは私だけかもしれないから
月曜日の会社帰り
電車を乗り換えて席に座れたタイミングでスマホを見る
ちょうど一分前に碧くんからラインが来てた
「お疲れ!
今週の金曜飲みに行かない?」
短いそのメッセージで飛び跳ねそうになる私がいる
「行く!」
開いてから数秒で返して自然と顔が緩む
碧くんとはうまくいくかもしれない
うまくいきたい
「場所どこにしようか?」
「新宿乗り換えだから新宿だとありがたい」
「了解!
お店探しとくね」
「ありがと!」
たった数分のやり取りなのに、満たされた気分になる
金曜日までがんばれる
金曜日何着て行こうとずっと考えて、浮かれてる自分に気付く
大丈夫と何度も言い聞かせては不安になるのを繰り返してた
まだ付き合ってもない
まだ一度しか会ってないのに
何をそんなに不安がっているのか自分でもわからなかった
当日、いつもより気合を入れて化粧をして、昨日悩みに悩んで決めた服で出社した
定時きっかりで退社して、新宿駅内の商業施設のトイレで化粧直しをする
いつもより可愛く
いつもより綺麗に
待ち合わせ場所に着いて、少ししたくらいに碧くんと落ち合った
いつもよりぎこちない笑顔で「お疲れ様」と言って、碧くんに触りたいのに触れないもどかしさで胸がキュッとなる
碧くんはラフな格好で、今日は会社が休みだったんだと教えてくれた
駅から歩いて五分ほどの居酒屋で、日本酒と魚料理を味わった
碧くんは飲んでも飲んでも変わらない
私は酔っ払ってもいつもより機嫌よく、笑い上戸で饒舌になるタイプだから
前よりもさらに話が盛り上がって、お互いの今までハマった趣味の話から身の上話、恋愛の話をした
話しすぎたかなと思うほど素直に話した
前に婚活で出会って付き合った人にやり捨てされたことも全部
碧くんがオタコンの四次会で私が言った「無責任なこと言わない方がいい」という発言について、それをちゃんと言える私に一気に惹かれたと教えてくれた
私はその発言をしたことを全く覚えてなくて、そんなこと言ったっけ?と返した
「あの二人が朝になれば電車が動くって言ってくるのがうざいって思ったのは覚えてる、もし本当に終電逃してもあの二人は朝まで付き合ってくれないだろうし」
「俺もイラッとはしたんだけど何も言えなかった、あそこで茜ちゃんがバシッと言ってくれたのがすごい嬉しくて」
「覚えてないけど、私思ったことすぐ口に出ちゃうから」
言いながら笑うと、碧くんも「そういうのが大事な時もあるよね」と笑った
趣味の話をした時、
「声優には全然詳しくないんだけど、唯一ずっと好きなのは大塚明夫なんだよね」
そう言ったら碧くんが「まじで?」と言って握手を求めてきた
よくわからないまま握手に応える私
「なんの握手?」
「俺も大塚さんが一番好きなんだよ」
偶然の一致すぎて、私も驚く
今まで大塚明夫が好きという人はたくさんいたけど、一番好きという人に出会ったのは初めてだった
「私、ブラックジャックが好きで、そこからだから完全にブラックジャック=大塚明夫のイメージなんだよね」
「わかる、月曜の夜7時でしょ」
「やばい!この話題でそこまでわかる人いないのに!めっちゃ嬉しい!90年代のオシャレな方のブラックジャックわかる?」
畳み掛けるように早口で話す私はオタクそのものだった
「えっ、逆にわかるの?」
「私、あの話の中でサンメリーダの梟が一番好きなの」
「うわー!!そのブラックジャックの話できる人初めて出会った!!」
お互いに盛り上がって、ハイテンションになった私は
「めっちゃ運命感じる」
口が滑って告白みたいなことを言ってしまう
「俺も大塚明夫から運命感じてるよ」
碧くんのその言葉が素直に嬉しくて、でも怖くて、笑って流してしまった