One week or more?
【第5火曜日】
 貞臣の店でカタログデータを見、好みの靴をチョイスした後、貞臣と一緒に知子の店へ向かった。
 店に入って行くとカウンターに座っている武夫の背中が見えた。
「あ、麻衣ちゃん、いらっしゃい。今日は貞臣さんが一緒なのね」
 と意味あり気な表情で麻衣子を見ている。武夫が居るからだ。もうここには来ないと思っていたのに来るんだ、どういう神経? 武夫が居るなら麻衣子の海外赴任や力の企画については話せないな。排除したい相手に新しい話題を提供したくないから。
 知子は武夫を無視している。煩わしそうな表情を見せている。空気を読まない武夫には多分伝わらないだろう。さて、どうするか。
 すると、貞臣が真っ直ぐ知子を見て、
「久し振りに来られて良かった。元気ですか」
 と少し声のトーンを落として言った。出た、貞臣の伏線回収劇。
「はい、貞臣さんこそ、お元気そう」
 ヒューヒュー、色っぽいぞ知子。貞臣の芝居に乗っかった。2人の世界に入るかな? そしたら私は独り飲みを決め込んで完璧に武夫を無視すれば良い。知子狙いの大抵の男はこれで居心地が悪くなって帰るのだけど。。。あ、武夫が腰を上げた。ようやく空気が読めたか。
 カウンターで会計を済ませると、武夫は知子に何か言いた気だったが、知子は貞臣から目を離さなかった。ありがとうございましたも無し。客に対しては相当失礼ではあるが、武夫にはこれくらいの強引な扱いが必要。
 武夫が居なくなると、貞臣は表情を変えた。ニヤリとして、
「これで良かったかな」
 と言った。
「ありがとうございました。助かりました」
 と、知子も疲れたような表情を見せた。
「武夫はしつこいの?」
 と麻衣子が訊くと、
「しつこくはない。特に会話もしないの。静かにしてくれるから別に良いんだけど、彼の顔を見ると気持ちが下がるのよね」
「わーかーるー」
 知子と麻衣子は声を揃えて笑った。
「俺も嫌われないように気を付けよーっと」
 貞臣が首をすくめて見せた。
「貞臣、安心して。君が私たちに嫌われることは決してないから」
 とすかさず麻衣子がフォローした。貞臣と武夫では明らかに人間の質が違う。
「中学ん時も麻衣ちゃんの周りにはいつもイイ男たちがいっぱい居たもんね」
「それ、私全然自覚してなかった」
「麻衣ちゃんはモテてたんだよー。なんで気付かなかったの? 嫉妬渦巻いてたんだから」
「俺もそれ、わかるよ。大学ん時も麻衣子はいつも男まみれだった。部屋に行くといつも違う男が居た」
「人聞きの悪い事言わないでよー。連れ込んでるみたいじゃんか」
「わりぃわりぃ。そうだな。麻衣子の手料理食いたくて俺たちが押しかけてたんだ」
「麻衣ちゃん、お料理上手なの? お料理するように見えない」
 と知子が言った。
 中学高校の時はキッチンに立つことなんて無かった。大学入学と同時に独り暮らしを始め、目玉焼きを作ることから始めたのだ。外食するたびにその料理の味を覚え、自分で工夫して同じ物を作っていたらあっと言う間に料理の腕が上がった。
 麻衣子は頭が良く、見た物感じた事をシステマティックに考えるので、料理も観察眼と五感を駆使して自分のモノにしてしまうのかもしれない、と知子は思った。
「麻衣子がケアンズ行っちゃうともう手料理が食えないなぁ」
「1年だけだってば」
「貞臣さん、麻衣ちゃんが居なくなると私も寂しいです。でも1年だけですから待ってましょうよ。待ってる間お店に来て下さいね」
 知子の色っぽい営業スマイルに貞臣は目が釘付けになった。
「知子~、みんなひっくるめて面倒見てね。宜しく頼むよー」
「任せとけ」
 この2人は本当に仲が良い。女同士の友情は成立しないと言ったのは誰だ。2人は自身が相手のためになるように存在しようとしている。決して自分だけの利益に固執しない。
「そうだ、麻衣ちゃん、帰って来たらうちのお店でバイトしない? 簡単なおつまみ作ってくれたら助かる。バイト代は言い値で良いわ。現物支給でも良いし」
 この頃は知子も考え方に変化が出て来た。麻衣子の影響で柔軟になったと言うべきか。以前の知子なら武夫と別れることさえ出来ずにいたのだから。
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