ため息のわけを教えてください
 大福さんに連れられて入ったのは、暖簾の文字が掠れた中華料理店だった。店の看板に書かれている出前用の電話番号は、市内局番が三桁しかない。私が生まれる前からここにあった店のようだ。長年同じ店で勤めているのに、駅と店の往復ばかりで、意外と近所の店のことを知らない。

 ガラス戸を開けると、昔懐かしい雰囲気の、歌謡曲が聞こえてきた。夫婦経営のようだ。厨房の前にカウンターが五席、四人がけのテーブル席が三つだけの、こぢんまりとした店だが、店内は満席だった。

 以前、冷蔵庫の修理に来ていた業者の人が『誰が入るのかと思うような昔ながらの飲食店には、必ず毎日そこに訪れるような固定客がいる』と言っていたが、このことか。

 四人がけの席を陣取っていた中年男性が、わたしたちを見るなりテーブルを半分譲ってくれた。まさかの相席だ。

 床には長年の油がこびりついているのか、足を下ろす度にガムテープの上でも歩いているように、ばりばり音がする。すごい所に来てしまった。
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