ため息のわけを教えてください
「ほんとは『あと、からあげボックスもお願い』って言いたいけど。今日は野菜スティックだけで我慢」
 からあげさんは「いい歳だし、独り者だし、気をつけないとね」と腹のあたりをさすっている。体型を気にしている彼にクッキーを渡すのは迷惑だろうか。そう思いながらも、決まりだからと、おそるおそる棚の下に手を伸ばす。

『好きです』
 書かれた文字を目にすると、そこに特別な感情はないのに、いちいち照れくさくなる。

「バレンタインキャンペーンで、お買い上げのみなさまに配っているのでよかったら」
「え、ほんとに? ありがとう」
 実は甘党でもあるんだよね、と彼は嬉しそうだ。当たり前だが、そこに何が書いてあるかを気にする様子はない。いつもありがとうね、とお礼を重ねて、去って行く。

 これは作業のようなものだ。わたしはその後も、心を無にしてクッキーを配っていく。『好きです』ばかりが出てくる。前にレジ打ちしていた同僚が、当たり障りのないメッセージのクッキーを選別して配っていたのかもしれない。

一瞬、自分もそうしてしまおうかと思ったが、次のレジ番に同じ苦しみを味わわせたくはない。気まずさを感じながら配布を続けているうちに、時計の針が二十二時を指した。
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