ため息のわけを教えてください
 発泡スチロールの箱を、混み合った電車で運ぶのは大変だし、鮮度を保ちながら二十二時まで持たせるために、会社の冷蔵庫を占拠する必要もある。デパートで適当なお菓子を見繕うよりも沢山の手間がかかるものを、わざわざ持って来てくれた。

 たくさんの知らない人が評価した何かではなく、自分のよく知る、確かなものを渡したい。そんな想いがあったに違いない。あのたぽんと揺れるお腹だって、きっと彼のたくさんのこだわりによって作られたものなのだ。

 彼は眉間に皺を寄せたまま、大福とコーヒーを持ってわたしの前に来た。レジ打ちと袋詰めを済ませると、顔を上げた。いよいよだ。

 わたしは彼のことがずっと気になっている。でも彼は特別なものを渡しておきながら、距離を詰めてくるでも、話しかけてくるわけでもない。これまでと同じように、ただ買い物に来るだけだ。わたしのことをどう思っているのだろう。

「今バレンタインデーで、お客さまにチョコクッキーを配っていて」
 棚の下からクッキーを一つ取った。フィルムには『好きです』と書かれている。彼は一瞬戸惑ったように、クッキーから目を逸らした。それから咳払いをして手を伸ばす。
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