オスの家政夫、拾いました。1. 洗濯の変態編
6章:この世の誰にも
短い有給が終わり、職場へ戻ると、又消化しなきゃいけない仕事が山ほど溜まっていた。彩響は朝のコーヒーを飲みながらパソコンの画面を確認する。しばらくして佐藤くんが入ってきた。
「お、主任、おはようございます。有給は楽しかったすか?」
「おはよう、佐藤くん。…楽しかったよ」
「どこか行って来たんすか?顔色良くなりましたよ。温泉とか?」
「いや、私は普通だよ」
「気のせいですかね…いや、でも以前より明るいのは確かですよ」
佐藤くんの言葉に鏡で確認しても、特には変化は感じない。もし本当に明るく見えるのなら、それは間違いなく家でもくもくと仕事しているあの家政夫さんのおかげだろう。まあ、佐藤くんに男の家政夫さんについて語るのもあれなので、彩響はそのまま笑い返した。
「そういえば、さっき大山編集長が主任を探してました」
「…部屋にいけばいいのかな?」
「そっすね。部屋で待ってると言ってましたので、行ってください」
又何を言い出すのか、嫌な予感しかしなかったけど彩響は何も言わずにそのまま編集長の部屋へ向かった。廊下に出ようとした瞬間、佐藤くんが後ろから呼び止めた。
「峯野主任」
「…どうしたの?」
「あの、俺がこんなこと言うのもあれなんすけど…なんか困っていることがありましたら言って下さい。話くらいはいくらでも聞けますよ」
「…?どうしたの、急に」
「いや、俺いつも主任にお世話になってるんで、なんか力になりたいと思っただけなんす」
佐藤くんの言葉は軽いけど、どこか鋭い部分があった。彼はきっとこの戦場のような職場で唯一彩響のことを真剣に思ってくれる人なんだろう。しかしここで本当にあれこれ言ったら、それこそ「頼りのない先輩」になってしまう。やっぱり「女の上司は嫌だー」といわれるのは死んでも嫌だった。
「…ありがとう、佐藤くん。でも私は何の問題もないから、心配しないで」
そう言って彩響はそのまま廊下に出た。これからはもっとしっかりした姿を見せなきゃ、改めてそう考えた。