エル・ディアブロの献身
もちろんそれは、彼も、気付いてはいるのだろう。この四ヶ月間、彼は、母のことには一切触れなかった。「困ったことがあったら何でも言って」と、にっこり笑うだけだったから、彼なりに気を遣ってはいてくれたのだろう。私が何も言わないから、しびれを切らして話題にしたのだろうことも想像に難くない。
「そういえば、今日はいないの?」
「え?」
「マスター」
しかし、タイミングが悪い。
「……花梛?」
「……あ、うん……マスターは、」
質問に答えなければ。
そう思うのに、言葉は出てこなくて、視線が落ちていく。
マスターは。一和理さんは。
「マスターは今日、休みですよ」
言わなければ。
思った瞬間、すかさず真横から飛んできた、その声。
「そうなんですか? 珍しいですね」
私に向いていた彼の視線がするりと外される。
「ええ。なので、今日は、俺がマスター代理です」
「そうでしたか」
はは。ははは。
隣と、眼前で、笑い合う、ふたつの声。そのどちらにも、楽しいだとか、面白いだとか、そういった感情が乗せられていないのは分かった。
「すみません。私、少し外しますね」
けれど、どうにも堪えられなくなって、バックヤードへと足を向けた。