エル・ディアブロの献身

 何かもう、どうでもいいや。

「花梛」
「っ、」
「あれ? えっと確か、朝地さん……でしたよね? どうしたんです? こんな時間に、こんなところで」

 そう思ってる。進行形で。
 とはいえそれは、死にたい、だとか、そんな感情ではない。ただ、己を大切にすることに疲れてしまった。
 今日は、何だろう。イケナイことがしたい。しかしそのためには、一和理さんの代理である従業員くんを、どうにか言いくるめるか、物理的に撒くか、しかない。

「今日、マスターがお休みだとおっしゃってたので……花梛がひとりで帰るのかと思いまして」
「……知って、るんですか? 花梛ちゃんが、その、昔、」
「はい。一応、マスターから聞きました」
「……そうですか」
「はい。良ければ、俺が花梛を送ります」

 だかしかし。私にそんな力量はない。
 なんて、脳内で、ああだこうだと唸りながら、店の裏口から従業員くんと出れば、閉店と同時に店を出たはずの朝地一咲がそこにいた。
 従業員くんが「こんな時間に、こんなところで」と言葉の裏に警戒心を滲ませたように、店の裏口は建物と建物の僅かな隙間に存在している。普段ならば、私も警戒心を剥き出しにしたことだろう。普通に怪しい。けれども今は、渡りに船だ。

「……いいの? 一咲くん、」
「っ、う、ん……もちろん」

 バーで再会してから、たったの一度も呼ばなかった彼の名前をこれ見よがしに口の中で転がせば、慌てたような、けれどもどこか照れているかのような声が返された。
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