エル・ディアブロの献身
肌ざわりの良いシーツに包まって、目を閉じる。
私は何も聞いていない。よし、寝よう。
そう思っても顔の熱は冷めなくて、心臓もまだばくばくとお祭り騒ぎだ。通話を終えれば彼は戻ってくるだろうから、せめて平常心をとりもどさなければと、思えば思うほどさらに焦りは増していく。
ああ、どうしよう。
頭を物理的にも抱えたくなったそのとき、室内に、自分のものではない気配が混ざった。
「……花梛、」
ひたり、とても静かな足音。鼓膜への経を集中させていなければ聞き漏らしてしまうくらいのそれは、そろそろと、しかし確実にこちらへと近付いてきている。
「……良かった。うなされたり、してないね」
するりと頬を撫でられて、ぴく、と抑えきれなかった僅かな反応が表面に出る。あ、と思ったけれど、どうやら彼は気付いていないらしい。真っ暗ではなくとも、明るい部屋から薄暗い部屋へと移動したから目がまだ暗さに慣れていなくて見えなかったのだろう。私を案ずる言葉を優しく落としてくれた。
直近の嫌な出来事を夢に見てしまうというのはよく聞く話だ。けれど生憎、良くも悪くも単純な私は彼が与えてくれた温もりのおかげで、あの男にされたことなど今の今まで忘れていた。
でも、心配してくれて、ありがとう。
こそりと心の中でお礼を述べ、明日、何を話そうかと思案していれば、おもむろに、髪を掬い取られたような感覚がした。
「おやすみ、花梛」
柔らかなその声が聞こえ、そして、少しの間。
見えてはいないから、予想でしかないけれど、おそらく彼は、私の髪に口付けたのだろう。何も、本当に何も知らなかったあの頃の私に、彼はよくそれをしていたから。
ああ、もう。何だか、くすぐったいな。
若干の戸惑いを覚えながらも、とろりと溶けていく思考のままに、彼から与えられる砂糖菓子のようなそれに溺れた。
ー表 終ー