恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 これ以上梓が激高するのを避けるため、莉佐には先に会社に戻るように告げた。
 俺は有無を言わせずに梓の手首を引っ張って歩き出し、大通りから人目のつかない小さな路地へ入りこんだ。 

「君はいったい、なにをしているんだ」

「あの……ごめんなさい」

 莉佐を怒鳴りつけて暴力を振るおうとしていた先ほどの態度とはまったく違って、今の梓は叱られた子どものようにしょんぼりとしていた。
 
「だって……莉佐が唯人さんのマンションに入っていくのを見たんです。スーパーで買いものをした袋を提げてて、まるで通い妻気取りで……だから腹が立って……」

 それがいつの話なのかはっきりとはわからなかったが、彼女が言っているのは半月ほど前に莉佐がうちに泊まりに来た日のことかもしれない。

 最初はワナワナと唇が震えていた梓だが、話しているうちに当時の気持ちがよみがえってきたのか、だんだんと語気が強くなっていった。
 勝手に俺のマンションの周りをうろつかれて、怒りたいのはこっちのほうだ。だが梓はその地雷を踏んだこと自体、理解できていないらしい。

「君とはもう会えないと伝えているはずだ。莉佐は関係ない」

「関係あるでしょう?! あの女さえいなければ私たちは続いていたわ」

「それはない」

 毅然(きぜん)とした態度で言い切れば、梓は言葉に詰まって俺を見つめた。

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