恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
***

「海老原さん、大丈夫? 顔が青いわ」

 梓を唯人さんに任せ、ひとりで先に会社に戻ってきた。
 コンビニの袋をガサッとデスクの上に置き、椅子に座るなり秋本さんに声をかけられる。
 鏡を見ていないから自分ではわからないけれど、私は相当ひどい顔をしているのだろう。

「すみません。ちょっと……今日は朝から気分が悪くて」

「とりあえず水分を補給しよう」

 秋本さんは私が置いた袋の中からお茶のペットボトルを取り出し、蓋を開けてわざわざ手に持たせてくれた。
 そのやさしさが身に染みて、じわりと涙目になってしまう。

 梓は本当に唯人さんが好きだったのだろう。私のことが憎くて、会社まで押し掛けるほどに。
 裏切り行為はしていないとはいえ、私はかつての親友を再び傷つけたのだ。

「今日は午後から早退にしたら? 帰ってゆっくりすればいいよ」

 スマホの時計を見れば、お昼休みが終わるまであと十分ある。
 私は秋本さんに「大丈夫です」と首を横に振った。コンビニで買ったサラダですら食べる気になれないが、少し休めば体は回復すると思う。

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