恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 唯人さんが最後まで言い終わる前に、私は首を横に振って否定の言葉を口にした。
 彼からすれば、こうなる前に対処していればと後悔の念があるのだろうけれど、相手はあの梓だ。
 私が唯人さんの恋人だとわかれば、遅かれ早かれ私に文句を言ったり平手打ちをしにやって来る姿は想像がつく。

「だから、唯人さんのせいではないです。これは私と梓の関係性もありますし」

 もしも唯人さんの恋人が梓の知らない女性だったなら、彼女もあんなに激高しなかったはずだ。なので彼がひとりで全部責任を感じる必要はない。

「今後も俺を、信じられるか?」

 強い光を放つような彼の瞳を見れば、イエスかノーか、その答えはおのずと出てくる。
 ずっと騙されていたのかもしれないなどと、疑う余地はない。

「もちろん。私は毎日唯人さんと一緒にいるんですよ? とっくにあなたの人柄はわかっているつもりです」

「莉佐……」

「唯人さんが今日きちんと梓と話をしてくれたから、もうなにもしてこないでしょう。大丈夫ですよ」

 がんばって笑顔を作れば、唯人さんが心配そうに私の頭を撫でた。
 仕事があるので話の続きはまたにして、私は副社長室をあとにする。


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