恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 唯人さんには、ふたりで深沢部長に伝えようと示し合わせていたのに、今言うのだと決めてしまった私の心はもう揺るがなかった。

「そうか。……海老原さんは恋愛に興味がないと聞いていたから少し驚いた。まぁ別に、恋愛は個人の自由だ。トラブルはよくないけどな」

 私が副社長秘書に抜擢されたのは恋愛体質ではないという理由が大きかったから、深沢部長はもうこの時点で意外だと言わんばかりの顔になっていた。

「私、副社長とお付き合いしています」

 深沢部長は私の言葉を聞き、目を見開いてしばし絶句した。かなり驚かせてしまったようだ。

「今のは……本当?」

「……はい。副社長は私にとって、世界で一番かけがえのない人です」

 正直な胸の内を口にしたら、肩の荷が下りて気持ちがスーッと楽になった。あとは審判が下されるのを待つだけだ。

「君に恋愛するなとは言わないし、そう約束させた覚えもない。元々そんな権利は僕にはないからね。でも、それは……まずいな」

「部長には申し訳ないと思っています」

 この件で一番迷惑をこうむるのは、間違いなく深沢部長だろう。唯人さんのお母様に責められるかもしれない。
 それがなんとなくわかるだけに、私はもう一度深々と頭を下げた。

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