恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「君にはこの秘書課を離れてもらうことになるだろう。覚悟はしといてもらえるかな?」

「わかりました」

 結局、深沢部長を困らせてしまった。だけど隠しているのは心苦しいので、真実を伝えられたのはよかった。
 
 せっかく仕事に慣れたし、秋本さんみたいな素敵な先輩と一緒に働けなくなるのは寂しいけれど、異動命令が出れば私は従うつもりだ。
 そうはさせないと唯人さんは言ってくれたが、私が素直に聞き入れなければ、彼と深沢部長を揉めさせかねない。


 深沢部長に対して交際の暴露は私ひとりでしておいたと、唯人さんにあとで報告しなければ……
 そう考えながら、デスクに戻る前にトイレに立ち寄った。

 鏡の中の私は本当にひどい顔をしていた。
 今日は立て続けに胸の詰まる事があったからか、なんだか生気を失っているように見える。
 これでは秋本さんに早退を勧められるのも無理はない。

 メイクを直せば顔色だけでも誤魔化せたのに、あいにく化粧ポーチを持ってきていないことに気づいた。
 仕方がないから諦めてデスクに戻ろうとしたそのとき、突然吐き気をもよおして私は再びトイレの個室に駆け込んだ。

 先ほどから気分が悪い自覚はあったけれど、まさか本当に嘔吐してしまうとは思っておらず、自分でもこれには驚いた。
 トイレには私ひとりだったのを幸いに、手洗いの水で口をゆすぐ。
 なにも食べていないのがダメなのだろうかと反省しつつ、口元をハンカチで拭った。

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