恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「僕の口から言えるわけがない。副社長が自分から話していないとしたら、まだ社長と奥様はご存知ないかもしれないな」

「ではなぜ私が指名されたのでしょう?」

 思わず苦笑いの笑みをたたえて、深沢部長に本音で尋ねてしまった。
 私は唯人さんのお母様に好かれていない自覚がある。もうこうなると嫌な予感しかしてこない。

「理由は僕にもわからない。なにか言われるかもしれないけど、君なら大丈夫だ」

 慰めの言葉をもらい、私は会釈をしてそのまま給湯室へ向かった。
 深沢部長はなにも事情を知らないようだし、とにかく私自身が必要以上に恐れずにしっかりするしかない。
 そう覚悟を決めながら、手際よく三人分のお茶を準備して社長室の扉をていねいにノックをした。


 三人は社長室にある応接セットのソファーに座って話をしていたが、私の登場で会話が止まったようだ。
 覚悟はしていたものの、突き刺さるような視線を否応なく感じた。

「洒落た器ね。中身は日本茶?」

 お茶を運んでいると、静寂を切り裂くようにお母様が凜とした声で私に問いかけた。
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