恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「外は暑いので冷たいお茶をお持ちしました。深蒸し茶でございます」

 特別な来客用の高級な茶葉をていねいに抽出して、小花があしらわれたガラスのカップに注いでお出しした。
 オシャレだと褒められたのがうれしくて、自然と顔がほころんだ。

「お茶もおいしいわ。あなた、淹れるのが上手なのね」

「いたみいります」

 お茶は淹れ方ひとつで甘味や渋みなど味が変わる。お母様はそれをわかった上でおっしゃったのだ。

「これは……水ようかんかな?」

 私がお茶と一緒に出した茶菓子のことについて、今度は社長に柔らかい声音で話しかけられた。

「はい。そちらは本日訪問されたクライアントの方にいただいた物です。このお茶と合うと思いましたので、一緒にお持ちいたしました」

「親父の好物だ」

 クスッと笑いながら唯人さんが私を見ながらつぶやいた。
 クライアントは社長の好物を知っていて、この高級そうな水ようかんを手土産に持ってきたのかもしれないと納得してしまった。

「しかしさすがだな。海老原さんは指先まで所作が美しいと聞いていたが本当だった。同じ会社にいながら、君とはあまり接点がないから気がつかなかったよ」

 たしかに私はいつも副社長のそばで仕事をしているし、社長には社長付きの秘書がいて仕事の役割が当然決まっているので、こうしてお茶を出す機会も今までなかった。

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