恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「唯人が惚れてしまうわけだ」

 社長の思わぬ言葉に驚いて、心臓が一瞬止まるかと思った。
 目を丸くしながら唯人さんのほうを向けば、彼はなにごともなかったかのように私に視線を向けている。

「俺も勝手に報告しといた。まぁ……なりゆきで?」

 どうやら私との交際をこの場でご両親に告げてしまったらしい。
 私が深沢部長にひとりで報告したときみたいに、そういう流れになったのだろう。

 健吾さんが来たあとにお母様まで来訪したとなると、結麻さんとの結婚話を詰めるためではないかと考えていたが、想像していたよりこの場の空気は穏やかだ。
 しかも唯人さんと私が付き合っていると知ったご両親に、怒っている様子は見られない。

「言っておくけど、結麻さんとの結婚をあきらめたわけじゃないわ。早く唯人と別れなさい」

 覚悟はできていたけれど、心がずしりと重くなるような言葉が私の耳に届いた。
 たとえ付き合っているとしても別れればいいのだと、静かな口調でお母様に言われたが、私にとってそれは簡単ではない。

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