恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 意味がわからず首をかしげる健吾さんを見て、副社長がクスッと笑った。
 クールだと思われている副社長だが、気心の知れた相手にはこんな冗談も言えるみたいだ。

「道ばたで知り合った女の子にプレゼント買うって、これから落としにかかるのか。そうじゃなきゃ、わざわざこんな人気の店に足を運ばないもんな」

 想像を膨らませ始める健吾さんを横目に、副社長はあきれながら首を横に振った。

「そうじゃない。この前、路上ですれ違うときに女性とぶつかったんだよ。その拍子に彼女が手にしてたスマホが落ちて、拾い上げたら画面が見事に割れてた。さすがにそのままサヨナラってわけにはいかないだろ? だから弁償するって言ったんだけど、いらないって」

「いい子だなぁ。“運命の出会い”じゃないか!」

 軽快な合いの手を入れる健吾さんに、副社長は茶化すなという視線を送る。

「弁償はいらないから連絡先を交換してほしい、と。それからメッセージが来るようになった。だけどやっぱり、スマホの件は弁償しないなら代わりに違う形で謝意を示したほうがいいから」

「さっきの、いい子だって発言は撤回するわ」

 突如ガッカリしたように健吾さんが口をへの字に曲げてテンションを下げた。
 私はよくわからずにポカンとして聞いていたが、副社長は苦笑いしながらショーケースに視線を戻した。

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