恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「あの、以前から部長にお尋ねしたいことがあったんですが……」

 おもむろに椅子から立ち上がり、うつむきがちに深沢部長の顔色をうかがった。
 周りに人がいない場所のほうがいいと思ったのか、部長が隣にあるミーティング室を指し示し、ふたりでそちらに移動する。
 部長は柔和な笑みで「聞きたいこととは?」と私に話の続きを促した。

「さほど面識がなかった私を、どうして副社長の秘書にと部長はお考えになったのですか?」

 やんわりと質問をぶつけてみると、部長は納得するようにコクリとうなずいた。私がそこを疑問に思うのは自然の流れだ。

「理由はふたつある」

 部長は言葉を続ける前に椅子に腰をおろし、私にも座るように勧める。

「ひとつは、僕がアナナスを訪問したときにお茶を出してくれた海老原さんの所作。応接室に入ってくるところから退室するまですべてが完璧で、立ち居振る舞いが指先に至るまで上品で美しかった」

 まさか、来客のお茶出しをしただけで、そこまで見られていたとは思ってもいなかった。

「あれは、誰かに習ったの?」

「先輩社員に習ったのと、ほかもいろいろ学びたくて個人的に外部のマナー講習を受けて勉強しました」

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