恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 連れてこられたのは、ひっそりと佇む落ち着いた木目調の外観の店だった。
 のれんはかかっておらず、入り口のところに小さく“実生(みしょう)”と書かれた看板があって、隠れ家的な感じだ。
 私たちの前に、スーツの男性と着物を着た女性のふたりが先に入店していき、それがとても素敵に見えた。

「どうした?」

「いえ、なんでも」

 上品な店構えを実際に見て、心配していたことが現実になってしまったのだと自覚したら、私の眉根が無意識に寄っていた。
 どう見積もっても高額な会計になるだろう。もっと気楽なお店でよかったのだけれど、私がそれを言えるわけがない。 
 だけど誘ったのは副社長なのだから、お供の私が恐縮しすぎるのも変だ。もう考えすぎないようにしよう。

 入店して案内された場所は掘りごたつになっている個室のお座敷で、木目のテーブルとエンジ色の座布団があたたかな雰囲気を作り上げていた。そこに私たちは向かい合って腰をおろす。
 何気なくキョロキョロと室内を見回していると、お店の男性がオーダーを取りに来たのだけれど、副社長は「いつも通りおまかせで」と告げ、飲み物はふたりともビールを頼んだ。

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