恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 副社長は蓮木 唯人(はすき ゆいと)という人で、年齢は三十歳らしい。
 ㈱オーシャンブルーの現社長である蓮木 耕造(はすき こうぞう)の長男で、次期社長候補だそうだ。

 入社初日に副社長室で見た彼は、身に着けていたスーツも高級そうだったし、無造作にふんわりとセットされていた黒髪もオシャレで、チャラついた印象は受けなかった。真面目な人なんだろうか。

「イケメンでしょう?」

 フフッと秋本さんが冗談っぽい感じで微笑む。
 言われてみれば小顔でキリっと鼻筋が通っていたし、頬から顎にかけてのラインがシャープで整った顔立ちだった。ちなみに身長も高くてスラリと手足が長い。完璧な塩顔イケメンだと私も思う。

「性格は問題ないけど、仕事以外はちょっと掴みどころがないかな」

「そうなんですか?」

「ヤダ、悪口じゃないわよ? わからないってだけ」

 掴みどころがなく、わからない……
 私が直接挨拶して接した限り、ワガママで奔放なお坊ちゃんではなさそうだから振り回されることもないだろうし、それだけでもありがたいのかもしれない。

「まだご結婚はされてなかったですよね?」

「独身よ。海老原さん、そこ、気になるの?」

 いえいえそんなことは、と手を目の前でブンブンと横に振ると秋本さんがアハハと笑う。

「こんな話していたら叱られるわね。さて、明日の社外会議の資料まとめちゃおうか」

「はい。すみません」

 私は笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げてパソコン画面に向かう。

 まだまだ自分のボスである副社長の人柄はわかっていない。
 秘書ならば、上司の好みくらいは早く把握しておかなければいけないのではないだろうか。慣れるまで覚えることがいっぱいだ。
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