恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「それはどう考えてもその男が悪い。海老原は巻きこまれただけだ」

 副社長は冷静に第三者的な意見を述べただけだが、私の味方をしてくれたような感じがして、胸の中が熱くなった。

「そのあとは梓に絶交されて、高校を卒業してそれきりです」

 私はそれからは阿部くんを完全に無視していたし、向こうも私には興味がなくなったみたいだった。
 そんな状況なのだから梓の誤解もいずれ解けると信じていたけれど、その考えは甘かったようで、そのまま私は親友を失った。

「当時は辛かったです。私には恋人どころか、好きな人ができたことすらないと梓は知っていたはずですから。今もそれは変わっていませんけど」

「恋愛経験なし?……小学生のころに淡い初恋をしたとか、それくらいのレベルのは?」

「ないです」

 間髪入れずにきっぱりと答える私に対し、副社長はあご元に手をやりつつ驚いていた。
 私が正直にこの話をすれば、だいたいの人はこうして息をのむ反応を示すので、ある意味もう慣れている。

「今までの人生で、少しも好きだと思える相手がいなかったってこと?」

「はい。ぼんやりと恋愛に対して興味はありますけど、誰かに真剣に恋をする理由が私には見つからなくて……」

 真面目な視線を向けてくる副社長に、「珍しいですかね?」と自嘲して笑みを浮かべた。

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