恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「唯人」

 ロビーで待ち受けた副社長はお母様に名前を呼ばれたが、無言で会釈をした。他人行儀な態度なのも文句を言わないのも、お母様のそばに結麻さんがいるからだろう。
 私はとりあえず副社長から三歩ほど後ろに下がり、両手を前に組んで待機をした。

「こちら、以前から話している蔵前結麻さんよ」

 紹介された副社長は丁寧な声音で「はじめまして。蓮木唯人です」と挨拶をしていた。

「はじめまして。蔵前結麻です。今日は突然押しかけて申し訳ありません」

 私から副社長の顔は見えないけれど、結麻さんの表情ははっきりと見えた。
 社長令嬢というわりに常識的なところがあるのか、突然訪問したことを詫びていた。
 
「いえ。母が無理に誘ってしまい、こちらこそすみません」

 副社長の言うとおり、彼女はお母様に強引に連れてこられたのだ。
 副社長が柔らかいトーンで謝ると、眉尻を下げていた彼女の表情が明るい笑顔に変わった。
 左右に分けられたブラウンの髪がつややかで、右の口元の小さなほくろが印象的な綺麗な人だ。

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