恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走る。
 仕事ぶりをなにも見てもらえていないのに、第一印象で不合格だと判断されたのがやっぱり悔しい。
 
「口出しはやめてください。秘書は変えません」

「唯人!」

「これからも俺の秘書は彼女だけです」

 副社長の言葉が心に沁みて、思わずうるっときてしまう。
 バカだな、私は。今の発言で副社長に気に入られているように感じたなんて。

 なにげなく不意に視線を上げてみると、お母様が仏頂面で私たちを(にら)んでいるのが見えた。
 だけど副社長はなにごともなかったような声音で、「ゲストパスを頼む」と指示を出したので、私は小走りで受付へと向かった。

 受付で準備されていたパスを受け取って戻ったが、副社長親子の険悪な空気はまだ続いている。
「こちらをどうぞ」と私が結麻さんにパスを直接手渡せば、彼女は明らかに複雑そうな笑みを浮かべていた。

 結麻さんにしてみたら、強引に連れて来られた上、いきなり親子喧嘩を見せられてはどうしたらいいかわからないだろう。
 今日のことは、彼女もきっと被害者なのだ。

「結麻さん、ごめんなさいね。唯人は反抗期かしら。困ったものだわ」

 お母様の発言に対し、副社長はなにか言い返そうと口を開きかけたが、代わりに小さく溜め息を吐いた。
 三十歳になる息子を反抗期扱いとは、お母様もなかなか嫌味だ。

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