恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 いきなりの攻撃にとまどいつつも、私が副社長に近づきすぎないように彼女が牽制球を投げてきているのはわかる。
 というか、コネだと何度も強調して言わないでもらいたい。それも不愉快だ。
 どうやら秘書課の深沢部長が私をここへ異動させた張本人らしいけれども、四十代の男性であること以外私は部長のことをなにも知らないし、個人的な接点はないのだから。

 これはいわゆる、新人いじめだろうか。
 新しい芽は早めに摘んでおこうという、いじめる側の心理が私には理解できない。

 だけどそれも、急に子会社から来た私が副社長付きになったのが原因なのだろう。それくらい副社長は女子社員に人気みたいだ。

「海老原さんは優秀だから、ヘッドハンティングしたと聞いてるけど?」

 取り囲まれている三人の後ろから、低くて良い声が響いてきた。

「ふ、副社長!」

 三人は一斉にひとかたまりに小さくまとまって肩をすくめるようにうつむく。それを見た副社長は眉をひそめ、冷たい視線を送っていた。
 いきなりの副社長の出現に、私もあわてて座っていた椅子から立ち上がる。

「俺の新しい秘書をいじめるなよ。辞められたら困るだろ」

 副社長が溜め息を吐きつつそう言うと、三人は申し訳なさそうに頭を下げ、自分のデスクに逃げ帰って行った。

 ヘッドハンティングなんて大げさすぎるけれど、正直割って入ってもらえたのはありがたかった。
 助け舟が入らなければ、あのままどれだけネチネチと陰険な言葉を浴びせられていたかわからない。
< 5 / 139 >

この作品をシェア

pagetop