恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「副社長、ありがとうございました」

「いや、礼を言われるようなことじゃない」

 お礼と共におじぎをしたときに、目の前にいた副社長からふわりと良い香りがした。なにか上品な香水をつけていらっしゃるようだ。

「悪口や嫉妬って、醜いよなぁ」

 副社長の低い声とは違う別の人の声がして、驚いて顔を上げれば、見知らぬ男性が副社長のそばに立っていた。

 この人はここの社員のはずだけれど、誰だろう?
 秘書課にはこんなに若い男性社員はいなかったはず。だけどどこの部署の人なのか、入社したばかりの私には見当もつかない。

「君が唯人の新しい秘書?」

「え……はい、そうです」

“唯人”って……
 この会社の人間ならば副社長のことを下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶはずがないので、ますます頭が混乱してくる。

「いいなぁ、唯人! 美人秘書で」

「うるさい。なにしに来たんだよ」

「決まってるだろ、どんな子が秘書になったのか見に来たんだよ」

 どうやら外部の方のようだけれど、副社長もとてもフランクに話しているし、ふたりは親しい間柄なのだろう。

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