恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「病院に行くぞ」

「いえ……大丈夫です」

「全然大丈夫じゃないだろ!」

 副社長が声を荒げるなんて初めて見た。会社ではいつも冷静で、頭が良いから的確な指示や意見しかしない、そんな人なのに。

「こんな状態で、家に送り届けるだけで済ませらない!」

 副社長は私が倒れこんだと同時に地面に置いてしまったバッグや買い物の荷物を素早く拾い上げ、私の肩を抱くように支えて路肩に停めてあった車まで誘導した。

 いつもの社用車とは違う、個人所有の車だ。
 その助手席のシートはふかふかで、車内は冷房が効いていて心地良かった。

「えっと……休日診療の病院は……」

 運転席に乗り込んだ副社長が、あわてた様子でスマホで検索している。
「救急車を呼んだほうが早いか」というつぶやきが聞こえてきたので、私はシートに沈み込みながらもそれだけは勘弁してくださいとお願いした。そこまでの症状ではないし、救急車は周りの目が恥ずかしい。
 
 検索の結果、救急で診てくれる病院の場所がすぐにわかったようで、副社長はそこへ向かうと私に伝えた。
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