恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「日頃の疲れも出たんだろう。いつも全力でがんばりすぎだ。自分の体のことも考えないと」

 自宅マンションの玄関先までたどり着いたとき、副社長は言葉をかけたあと、私をじっと見つめて頭を撫でる。

「あの……良かったら中へどうぞ。冷たいお茶をお淹れしますので」

 病院に付き添い、そのあと家まで送ってもらったのに玄関先で追い帰すのもどうかと思い、私は副社長を部屋の中に招く発言をしてしまう。
 いや、私自身、自分の変化に気がついていた。今のは誰にでも言う言葉ではないと。
 
「入っていいのか?」

「人に見せていいくらいの掃除はできてるので大丈夫です」

 玄関扉を開け、自分が先に入って来客用のスリッパをシューズボックスの奥から取り出した。
 友達もこの部屋にはしばらく来ていないので、来客は久しぶりだ。

「さすが海老原だな。綺麗にしてる」

 副社長が部屋のリビングのソファーに座り、あちこちに視線を向けてつぶやいた。
 自分では部屋を特別綺麗にしているつもりはなかったが、褒められるのは素直にうれしい。散らかっているのは落ち着かないので、私は常に片付けてしまう性格みたいだ。

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