恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 副社長はビジュアルがカッコいいのは言うまでもないけれど、上に立つ人間だからといって傲慢(ごうまん)に振る舞ったりしないし、礼儀を欠いたりもない。
 難しい仕事もきちんと采配するので部下やクライアントから信頼も厚く、株主からの評判もいい。
 私はどんな事にも真摯(しんし)に取り組む副社長をそばで見て知っているし、心から尊敬している。

「そうですね。毎日一緒に仕事をしているうちに、私は副社長を……上司ではなく男性として意識するようになりました」

 きっとこの感情は、“恋心”なのだと思う。ひとりの男性として好きなのだ。
 なのにそれをすぐに認められなくて、言葉を選んだ自分が情けない。こじらせるにも程がある。

「はっきり言えよ、俺が好きだって」

「副社長……」

 彼の妖艶な瞳が私を射貫いて離さない。その威力は絶大で、小手先の誤魔化しなど効かないのだと思い知らされた。

「俺はとっくに自分の気持ちに気がついている。アナナスの社員の永井とかいう男が、君を“お前”と呼んで親しそうにしているのを目にしたとき、一瞬で怒りが湧いた」

 副社長が話しているのは、永井さんとロビーでばったりと会った日のことだ。

「理由はただひとつ。嫉妬だろう。どう考えてもそうだ。他の男に莉佐を触れさせたくないし奪われたくない。莉佐は常に俺のそばにいてくれたが、それは仕事だからだよな。だけど俺は、莉佐のプライベートも独占したい」

 たしかに副社長室で永井さんのことを聞かれた記憶はあるけれど、あのとき副社長がそんなふうに思ったと知って驚いた。ヤキモチを焼いていたなんて。

「俺は莉佐が好きだ。ひとりの女として、誰よりも」

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