恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 翌日、定時で仕事を終えた私は帰りにスーパーで食材を買い揃え、家で料理を始めた。

 暑い。火を扱う夏場のキッチンは灼熱地獄だ。
 鍋でぐつぐつと煮物を作っている隣のコンロに、揚げ物用の油の準備をする。そのタイミングでインターフォンが鳴り、彼がやって来た。

「なに作ってくれてるんだ?」

 彼もなにか買ってきたのか、提げていたビニールの袋をテーブルの上に置くと、私のところに来て作りかけの料理を眺めた。

「唯人さんの好きな和食を」

 会社では間違っても口にしない“唯人さん”という呼び方で呼べは、彼は満足そうな笑みを浮かべた。
 プライベートと会社ではきっちり分ける、そんな杓子定規なところが自分らしいと我ながら少々あきれる。

「たいしたものではないです。筑前煮と、今から豆腐を揚げるところです」

「揚げ出し豆腐?」

「はい」

 豆腐に衣をつけようとしていたら、唯人さんが後ろから包み込むように抱きついてきた。この(たくま)しい腕と大きな手が、私は大好きだ。

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