恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 楽しそうに彼が笑う姿を目にし、冗談を言われたのだとホッと胸をなでおろした。
 こういうとき、恋人に対して怒ったり拗ねたりするものなのだろうか。
 経験値がゼロに近い私にはどういう反応が正しいのかわからない。ただ、彼が本気で言っていなくてよかったと、そこだけは強く思った。

「私もシャワー浴びてきます」

「じゃあ、俺はベッドで待ってる」

 そういう言い方をすれば、私が恥ずかしがることを彼は知っているのだ。

「早く来いよ?」

 男の色気をふんだんに(かも)し出す唯人さんは、まるで美しい色の花びらと甘い蜜を持つ花で、私はその(とりこ)となっている蝶のようだ。
 私からはもう離れられないと思うほどに()ちてしまっている。
 普通は女性が“花”で男性が“蝶”なのかもしれないが、私たちはきっと逆だ。


 シャワーを終え、手早く髪を乾かして寝室に向かえば、彼はベッドに座ってスマホを見ていた。
 だけどすぐにスマホを放り出し、手招きして私をその腕に閉じ込める。


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