恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「秘書が副社長を誘惑したんじゃない。俺が副社長でありながら秘書を口説いたんだ。莉佐は悪くないのに、左遷(させん)なんておかしな話だ」

「唯人さん……」

「だからって俺も悪いとは思ってないけど」

 私を安心させようとしてか、彼は口元をほころばせて私の額にキスをひとつ落とした。

「だってそうだろ? 俺も莉佐も独身なんだし、お互い好きなら付き合うのは自然な流れだから」

 たしかに私たちは不倫ではないけれど、普通の“社内恋愛”とも違う気がする。そう簡単にはいかないだろう。
 社内異動や子会社に出向だけで、仲を引き裂かれずに済むならばまだいいほうなのかもしれない。だが、異動先が地方になる可能性も否めない。

「お母様は私を気に入らないでしょうから、交際を知れば憤慨(ふんがい)されます」

 唯人さんの結婚相手には結麻さんがいいと今も考えていらっしゃるのだから、お母様からしたら、私たちはそれに逆らった“反逆者”のように映ると思う。

「俺の母親、そんなに怖い?……まぁ……普通は怖いか」

 私の言葉を聞かずに自分で答えを出した唯人さんは、お母様の怒った顔を思い出しているのかクスクスと笑う。そんな彼に対し、私は腕の中で小さく首を横に振った。

< 88 / 139 >

この作品をシェア

pagetop