恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「私はただ、お母様がショックを受けて悲しまれることが心配なんです。怖くはないですよ?」

「本当に?!」

 お母様が私たちの交際を知れば、瞬間的に腹が立つだろうけれど、そのうち悲しみの気持ちが押し寄せるような気がする。
 結麻さんと結婚させたいと考えていたのに、それがなかなかうまく進まないところへ私がつけこんで、横取りしたように思うだろう。
 唯人さんと付き合っているのは事実なので恨まれるのは致し方ないが、悲しまれるほうが私としては(こた)える。

「怖くないって断言した人は、莉佐が初めてかも」

「正直に言うと初めてお会いしたときは、迫力のある方だなって思いました。秘書を変えるとおっしゃったので、認めてもらえないのが悔しかったです」

 結麻さんとスタジオ見学がしたいと、いきなり会社に来られた初対面の日のことを思い返した。
 あのときの私はただ、秘書としての“承認欲求”が満たされなかっただけだ。私という人間を知らないまま、ダメだと烙印を押されたくなかった。

 お母様の性格がキツくなったのは、お父様が外で子どもを作ってからだと以前に唯人さんが話してくれた。
 そんな事情があるとわかれば、常に冷たい態度なのもトゲトゲしい口調も、私には理解できる。

「お母様はきっと、やさしい部分もお持ちですよ。今は心が冷えてしまっているだけ。私は決して嫌いではないです」

 うそは言っていない。お母様のことを煙たがってはいないし、避けたい気持ちなどもないのだ。
 逆にお母様から気に食わないと思われている可能性は高いけれど。

「お母様の心の氷を少しでも溶かせられればいいんですけどね……」

「……莉佐」

 ベッドの中で、唯人さんは私の肩を抱く腕の力をギュッと強めた。

「さすがだ。俺は莉佐のそういうところに惚れたんだと思う」

 感慨にひたるような唯人さんの言葉がうれしくて、私はぴったりと彼の胸に寄り添った。

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