恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 梓とは高校卒業以来、微塵(みじん)も交流はない。
 なのに私が勤務している会社を把握していたり、突然訪ねてくるのはどう考えてもおかしい。

 暑さで頭が回りづらかったが、徐々に回路が正常に戻って来た。
 私が唯人さんの秘書であることや、プライベートでの交際を、きっと彼女は知ってしまったのだ。

「この辺りで待っていれば、アンタが戻ってくるのを捕まえられるでしょ」

 私がいつ会社に戻るかはっきりしない状況で、梓は私を待ち伏せしていたのだ。外はこんなに暑いのに、どうかしている。

「叩いたら少しだけスッキリした」

「痛いんだけど……」

 梓は口元に薄っすらと笑みを浮かべているのに、瞳は今にも火がつきそうなほど怒りがこもっていた。
 それがあまりにもアンバランスで、余計に凄味(すごみ)が増している。

「社内のロビーでビンタしたり大声で騒がなかっただけマシなんだから、感謝してもらいたいくらいだわ」

 私の後ろから来た見ず知らずの人が、なにかあったのかとこちらの様子を観察しつつ通り過ぎて行く。
 路上で対峙している私たちは、周りから見てもただの立ち話には思えないのだろう。


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